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2005年8月29日 (月)

Vol.3

816日(火)

知床半島

開陽台を出発し 今回のツーリングのハイ

ライト知床半島へ

ほっけさんアドバイスの川北温泉と薫別温泉

どちらも近くだったがオフロードと時間の

都合で寄らず。秘湯はいつかオフロードバイクで

回ってみたい。

相泊温泉

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まずは羅臼側から半島に進み 行き止まりに

ある相泊温泉で停車。

ガイドブックでは浜辺の楽しげな写真が載って

いたが 上から見ると単なる青テント。

目当ての熊の湯が近いので入らずに 少し逆走し

半島反対側に向かう。雨が激しくなる。絶景で

有名な知床横断道路にいよいよ入るが 雨に

加えて霧が濃くなり 景色どころか視界

10メーター車の通行も多く 熊の湯の入り口

にもかなりの車が駐車してあり そのまま通過。

途中の駐車場にも 大型バスやバイクがわんさか

駐車していた。反対側につき せめて 観光船から

景色と港に向かうが天候不良で全船欠航 ここにも

大量の観光バス、車 そしてバイクで渋滞。

嫁とともにかなりうんざり。それでも ばんやと

いう人気の海鮮めし屋でめんめ焼き定食を食したが

有名店とあってここもまたたくまに満席。

混雑するシーズンの知床半島は

まったくお勧めできない。

てなわけで落胆のうちに知床半島を後にした。

博物館網走監獄

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S59年まで100年使われていた実際の監獄を

移設したもので木製の木枠なんかに囚人の手垢

なんかついていて迫力。

マネキンもリアル。冬季は監獄の中 マイナス

6度ぐらいになったそうで 我々の氷点下キャンプ

なんてかわいいものである。

なによりも 北海道の主な道路はこれらの

刑者に開拓されていったとは 今の囚人と比べると

なんとも過酷な処遇だ。

ここのソフトクリームがとてもおいしいと

バイク雑誌に紹介されていて楽しみにしていたが 

30分遅く食べれずとても残念だった。ぐぞ~

網走キャンプ場

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網走湖畔にあるキャンプ場で泊まる。

景色もよく 多くのバイカーが泊まっていた。

もちろん 無料。

近くの大型ホテルの温泉に入れる。

ただし 過去 これほど蚊の多いキャンプ場は

なかった。

817日(水)

       

北見―層雲峡―三国峠―糠平温泉

いよいよ 内陸 道央へ 39号線でたんたんと

層雲峡をめざす

北きつね牧場

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途中 温根湯温泉で停車 キタキツネ牧場による。

2-30頭放し飼い。4-5月に生まれた子供は

3-4ヶ月で親離れ。パラサイトの子供を持つ

親としてはうらやましい。

グリコ事件できつね目の男との描写があったが

なるほど似ている。しかし狐顔 どうにも愛嬌がない。

層雲峡

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ロープウエイで3-4合目まであがる。

その先はリフトで頂上までいけるがすでに

霧に覆われており断念。絶壁が雄大

三国峠

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樹海が広がる雄大なランドスケープ

糠平温泉

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飛び込みで選んだ温泉民宿 山湖荘

であったが 大満足。低料金にもかかわらず

洞窟温泉や、食事もおいしく

顧客満足追求がを随所に感じられた。

若い主人の笑顔が忘れられない。

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2005年8月25日 (木)

ツーレポVol.2

8月15日 釧路―霧多布岬―花咲港―納沙布岬―トドワラ―開陽台 霧多布岬 kiritappumisaki_2 早朝 雨の釧路を出発 沿岸を走り 霧多布岬へ文字どおり 付近を走行中 霧が雲のように何度も周りを包みこんだここだけでなく北海道は霧が多かった。次回はフォグランプをバイクに付けてこよう カブ号 kiritappu_kabu 何回か見かけたカブツーリスト時間があればこれでツーリングしたい 花咲港 hanasakigani hanasakigani_2 花咲港には かにの浜茹での店が4-5件あり一番 はやっていた大八食堂にて 目当ての花咲かにを食べる。かには雄雌 サイズを自分で選べ キロ当たり3000円写真のかにが約1kg かに汁付 はさみと桶を貸してくれる。新鮮なかにの茹でたて もちろん めちゃうま 量も二人で食べても満腹であった。腹のオレンジの卵 内子はごはんに乗せ醤油をたらして食べる。これまた美味。 納沙布岬 nosappumisaki 東の最果てここも霧で 北方4島が見えず。展示室は展望台のそこら じゅうに 領土返還返せとのプラカード  トドワラ 海水に侵食され立ち枯れた無数のトドマツやナラ荒涼とした景観。30キロ弱に渡り 幅数百メートルの砂浜が続きその真ん中に道がある。あと何年この岬はもつのだろうか 開陽台 kaiyoudai 沿岸部から内陸へ 本州では見かけることのない直線道路が続く。地球が円く見える展望台として有名は開陽台に到着なるほど フラットな大地の真ん中の丘にある展望台でぐるりと360度見渡せ これだけ長い地平線を見れる展望台はそうないはずだ。 kaiyoudai_tennbou kaiyoudai_camp 展望台裏には バイカー達がキャンプしていた。日の出 日の入り 満点の星空が見て楽しめる人気のスポットだそうだ。残念ながら 当日は月明かりが強く 星はあまり見れなかったが展望台備え付けの望遠鏡から月を見ると 表面のクレーターがはっきり見え興奮した。 minnshuku_chitehisei 宿は 3kmほど 離れた場所にある 地平線という民宿。四国から40年前に移り住み この場所には30年前から。多くのライダー達の世話をしてきたそうだ。温かみのあるとても感じのよい夫婦であった。飯は普通、晩 風呂は近くの温泉に、そして 夜や朝 開陽台に車で連れて行ってくれる。 できれば この展望台に雪景色の冬に来て 日の出を見てみたい。

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北海道ツーレポVol.1

北海道ツーリング 無事終了。

8月13日より 7泊8日 コースは 苫小牧から

沿岸を右回り 襟裳

、釧路、知床半島、それから内陸に向かい

北見 帯広 夕張 そして 最後に室蘭 登別と全走行 1860km

8月13日(土) 大阪苫小牧襟裳

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伊丹空港8:00発 飛行機で新千歳空港へ まじ楽チン

路線バスで40分 苫小牧市内の日通デポでバイクを引取る。

バイクはすでにヤードに置かれていた。

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荷物を積み込む。先日のヨーロッパ出張時タンデム積載を見習い

両サイドのパニアケース上のスペースを利用した。

およそ200リットルの積載量 これにパッセンジャーも乗るが

巡航 制動 そしてコーナーリングも特に支障無し。このバイク

北海道のそりを引く「ばん馬」、地味だけど「エー仕事しまっせ」

って感じの苦力型バイクである。

ホッキづくし

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まずは腹ごしらえ 苫小牧港にある有名なマルトマ食堂に行く。

昼前なのにすでに10名ほど並んでいた。人気のあるというホッキ丼、ホッキカレー そして汁を食す。はっきり言ってあまり美味しくない。カレーなど ボンカレーに焼肉のミノを入れた食感である。苫小牧はホッキ貝を町のシンボルとして宣伝しているが何を考えているのか。

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午後 2時 襟裳向けて出発 沿岸を走りだす。対向車線に 荷物を満載した

バイクが苫小牧フェリー場を目指し次々と通り過ぎる。皆 笑顔でピースサインを送ってくる。立ってお辞儀をするやつもいる。こちらも過去10年分ぐらいのサインを送った。だんだんめんどくさくなってくるが この作業はこのツーリング最後の日まで続いた。

後で聞いた話であるが 北海道に来るバイカーは7月が多く 盆時期は

道民も移動し混雑するのでこの時期は避けるとの事。どおりでフェリー場に

向かうバイカーが多かったわけだ。そして さっそく渋滞に出くわす。ただ

北海道は道路の路肩が多分雪の処理用に広く取ってあり 比較的すり抜けが

楽に行えた。すいてくると一般道でも 自動車は平均時速80kmぐらいで

けっこう飛ばす。途中 馬の生産地で有名は静内を通過 左手に延々と競走馬牧場が続く。 

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6時ごろ 襟裳に到着 ネットで予約した田中旅館へ 愛想のない 親父、疲れ果てたバイトの給仕 またまたホッキ貝焼きと初日の宿として 少々がっかりしたが トロン温泉なる ラジウム系の温泉はよかった。

8月14日(日) 襟裳釧路

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早朝 旅館そばの港を散歩中 昆布漁師と話しこむ。

取った昆布は湿気に弱く 一日で干さないと価格が下がってしまうそうだ。この親父 バイカー好きで 夏になると無料で納屋にバイカーを泊めてやるとの事。

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旅館を発ち数キロ離れた襟裳

に到着 早朝とはいえ 人はあまり多くなく はやっていなそうな売店が数店。スピーカーから 森真一の襟裳

が繰り返し流されている。歌詞どおり 襟裳にはなにもない

釧路

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昼過ぎ 雨の中 釧路に到着 シティーホテルにチェックイン。

ツインがないので 嫁と別々の部屋に。夫婦とはいえプライバシーが大事である。ははは

和商市場

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昼飯は 和商市場へ 市場に入るなり 入り口正面のおばさんの呼び込みにつられ 勝手丼をオーダー。写真の二つで2700円 高い!

この市場で有名な勝手丼は割高である。市場の他の店で いくらとかうにの一品をまとめてオーダーしたほうが安い。

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ちなみに写真 の毛蟹は1尾500円 10尾3000円にまけてくれた。

夕張メロンも安い。今頃はシーズン的に遅いほうなので価格もこなれてくるとの事。 夕張メロン2個4500円で買いこれも実家に送る。

釧路湿

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釧路駅からトロッコ列車で湿

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到着した駅から10分の展望台からの風景は壮大であった。

釧路川の蛇行とダイナミックな湿

 なんでも国内の湿

面積の60%がこの釧路の湿

との事。湿地帯に カヌーが数隻 次回は<是非 このアドベンチャーをやってみたい。

釧路は炉端焼き発祥の地とのこと 晩はホテル紹介の店へ

大阪と対して味雰囲気変わらないが いも団子とか めんめ(関西ではきんき)の焼きがお薦め。

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2005年8月11日 (木)

Vol.1 付録

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この改造されたバイクはHDカスタム雑誌で大きく取り上げられた。「。。。実用的な改造がメイン。派手なカスタムもよいがこういった実用重視なカスタムもあるのだ」って編集者の採用コメントがついていた。この雑誌で「実用」って単語が使われたのは3回だけでその全てが私のバイクに関して。ははは 地味な改造が逆に新鮮? がっくし

カスタムをお願いしていたは京都のチカモーターサービスって小さな店。東京の有名なサンダンス柴崎さんの紹介(もちろん彼は私を覚えてない)。その後チカさんは本場アメリカに渡り ロスで苦労しながら 本物のハーレーカスタムビルダーになっている。時々 Discovery チャンネルに出演している。先日 立ち寄った時 話していたが やっぱり米国ではHDは白人の乗り物で カスタムのコンペで有色人種が優勝するのは 人種差別で大変難しいそうだ。孤軍奮闘してタイトルを取ったときでも 会場ではブーイングをくらうとのこと。こうやって自分の力で困難に立ち向かっていく人間はとても尊敬する。確かNHKでも海外でがんばってる日本人で 紹介されていた。今後もがんばってほしい。 彼の作ったカスタム 最低でも一台4万ドルぐらい バブルのアメリカ 金持ちの客が多いとの事。

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2005年8月10日 (水)

シリーズ 私の愛したバイク達 Vol.1 HD

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シリーズ 私の愛した女達 えっ!ちがった(ほんとはやりたいけど バキバキ うが!)

もとい バイク達 第一弾 HD FXR改 これで全国を6万キロ 走った

もっとも思い出深いバイク。

やはり我々の年代のライダーにもっとも大きな影響を与えた映画は「イージーライダー」だろう?HD パンヘッドのハードテイルチョッパーで広大な地を旅するピーターフォンダとデニスホッパー バックにはステッペンウルフ や ザバンド なんかの60年代後半のロックが流れ 私のその後のバイクライフに強烈なインパクトを与えた。

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当時 私はアメリカ文化に心頭しており その代表的な存在、そして その頃の日本人の憧れのmade in USA製品、 HDが欲しくないわけがない。しかし 200万円以上するHDが学生が購入できるわけもなく 代わりに先の「旅の始まり」で記述した ヤマハXS750SP和製アメリカンを手に入れたわけだ。やがて社会人になり妻子もすぐでき 更にHD購入など非現実化。それからこの夢は十数年以上心の片隅においていた。そんなある日 車検を取りに行ったバイク屋でこのHDに出会う。長い間 潜在化していた憧れが突如 再び現実化し もはや感情を抑えることができず その日のうちに 持っていた XS1100SPとCB450、TLM200を下取りに出し購入してしまった。

モデルは 91年型FXR. このモデルは米国ではそこそこだったが日本では不人気。理由はスイングアーム式のサスで日本車に近いフォルムのため。 より全体のフォルムがチョッパーに似たソフテイルが日本では人気があった。日本では長い間バイクの改造が制限されていたので 国産車にない本格的なチョッパータイプが好まれたと思う。タミヤの2本サスFXEのプラモを作った私は 伝統的な2本サスのFXRを好んだ。

初めてバイク屋から乗って帰った興奮を今でも覚えている。だが ノーマルのHD(当時のエボエンジンタイプ)のフィーリングは決してよくなく マフラー排気音はこもった音、HD売りのどこどこ感も薄い、マフラーバイパスやタンク上のメーターなどルッキングもちと悪い 加速は緩慢でだらだら ブレーキは利かない ショックは跳ねるだけ。長い間憧れていただけに かなりそのHDに落胆した。

ところが HDはこれらの弱点をうめるアフターパーツが豊富。 サス、イグニッション、キャブレター、マフラー ブレーキ エクステリアって好みのパーツに変えていくと 最高に官能的な喜びを与えてくれるバイクに見事に変身。(多くのHD乗りがはまる改造費地獄) ブレーキは スエーデンに出張時 ISRってメーカーに電話して買いに行く。町工場みたいなショップで人のよさそうな大柄のおやじが日章旗を立てて歓迎してくれ 価格も半値 。この乗りがすきである。

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一日中いつでも乗っていたいと思ったバイクは後にも先にもこのバイクだけ。すきなバイクで日中できるだけ長く走りたい それで一日中走って 暗くなったら 近くのキャンプ場に泊まる、必然的にキャンプツーリングを覚えた。

しかし 結局 4年後 会社が大不況で手放さねばならなくなった。新しいオーナーが乗り去る姿が今でも脳裏に焼きついている。大変辛かったし 手放したのを今でもとても悔やんでいる。

数年前に HDへの思いを捨てきれず 真のHDテイストと人気のあるショベルヘッドエンジンの 81年型のFXWGを手に入れたが もはやはじめのHDほどの感動は得ることはできず また 高速移動でツーリングを楽しむ私の乗り方には不向きのため 短期間で手放した。

PS.そういえば 後ろのパッセンジャーが「あ~ん振動で感じる!」なんて うれしい事を言ってくれたのもこのバイクだけだ。バキバキ うが!

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